古文書に記されたセミ(3)「麦刈蝉」から考える仙台城下町の環境

 2020年8月 2日、東北南部が梅雨明けしたとのことです。それを待っていたかのように、セミの大合唱が始まりました。
 仙台藩士・別所万右衛門の記録から「麦刈蝉」、ニイニイゼミなどの初鳴きと夏の訪れについて書いています。実は虫は苦手の私、セミ取りは出来ず、「セミが鳴いている」以上の関心はありませんでした。
 ニイニイゼミは身近に居るのか。今はネット検索で「ニイニイゼミ 鳴き声」などと探すと、たちまち動画サイトで沢山の映像や音声に触れることが出来ます。「キーン」という金属音にも似たその声を耳に記憶しつつ、街中へ。仙台市の西公園や、川内追廻ですぐにその声を聞くことが出来ました。リンクは8月2日午後7時15分頃に、川内追廻のテニスコート側で録音したものです。

https://share.icloud.com/photos/0eIACyMPnljTGfmUHaevrs8dw


このニイニイゼミ、平地の雑木林に生息し、幼虫の生息には湿気を多く含んだ土壌が必要、ということです。2013年に東京都心部を対象とした生息分布の研究結果では、北の丸公園(千代田区)に集中していました。公園のような樹木がまばらな場所では土場の乾燥などで生息しづらく、戦後に雑木を植樹して、現在は皇居と一体の森林公園となっている場所が適していた、ということでしょう。
 万右衛門がセミの声を聞いていたのは、仙台城下町の北一番丁二丁目(仙台市青葉区木町通一丁目)にあった彼の屋敷だと考えられます。ここから類推するならば、万右衛門の屋敷なり仙台城下町は、適度に湿った土壌が豊富で、十分な雑木に覆われた環境にあった、ということになるのでしょう。

 「杜の都・仙台」の原点を形作ったとされる、江戸時代の仙台城下町の環境の一端が、古文書に記されたニイニイゼミの様子からもうかがえるのです。

(参照)
菊池慶子「「杜の都・仙台」の原風景  樹木を育てた城下町』(大崎八幡宮仙台・江戸学叢書6 大崎八幡宮 2008年)
徳江義宏ほか「都市域の樹林地におけるセミ類の生息分布を規定する環境要因」『ランドスケープ研究』76(5)、2013年 
(今井はるかさんからご教示いただきました。記して御礼申し上げます)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください