古文書に記されたセミ(4)「融合」の難しさ

 セミの記事を続けたせいでしょうか。朝、寓居のベランダにセミが止まっていました。青い体色なので、ミンミンゼミでしょう。写真を一枚撮ってさらに近づいたところ羽ばたいて、それを見て慌てふためいた、虫は苦手な私です。

2020年8月4日朝、我が家にセミがやってきた

 さて、仙台藩士・別所万右衛門の記録からセミと人々の関わりについて紹介してきました。ここから、セミ自体の生態に関する基礎知識がないと、本当にその記事の持つ意味を十分に引き出せていないのではないか、という問いに突き当たっています。やや大げさかもしれませんが、セミ一つの古文書を読むにも、「文理融合」とか「文理連携」が必要、ということになるのでしょう。
 先日引用した東京都心部のセミに関する論文ですが、文体がそこまで難しいとは感じませんでした。しかし、専門用語には苦しんでいます。「コリドー」、「エッジ効果」「コドラート」「リター」などなど。ついインターネット検索に頼ってしまいます。それでは、実はまだ十分理解できていない、ということになってしまうのかもしれません。
 また、どの論文が「標準」であるのか。さらに理系すべてということではないのでしょうが、歴史の論文に比べて研究成果が更新される速度が非常に早いため、「融合」のためにはどの論文に拠って立てばいいのか、ということも悩ましいところです。「はしごを外される」ということも起こりかねないのではと、気弱な私は考えてしまいます。
 事のついでにいえば、理系の最新の研究成果は、いまや日本人の研究者であろうと、発表も文章も英語。只管古文書解読、の私にはほとんど理解できません。機械翻訳も発達してきましたが、まだまだ問題にならないのでしょう。

 それはともかく、今日は古文書を使った古気候の研究に関する打ち合わせをWebでしました。この研究に関わってからも10年近くになります。江戸時代の研究者は「天保7年6月5日」と史料の標記通りで日付を示します。一方、理系の古気候の研究者は「1836年7月18日」と、最初からグレゴリオ暦で表します。このような違いをお互いに一つ一つ認識する、ということに5年はかかったでしょうか。
 「融合」は、そんなに簡単なことではないのです。加えていえば、「手垢が付きすぎた」とも。

 古文書のセミの鳴き声など何になるのか、ということではなく、それ自体を面白がることに意味を見いだす、温かい社会であって欲しいと思っています。

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